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面河

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  面河   岡田一実   蟬声(せんせい)や葉影走れる葉のおもて  湧水の闇より出て筋に迅(と)く  眼差しにたち現れてアツパツパ  また顎をあげて風なす滝のまへ  夏蝶や巌をみづの奔(はや)り這ひ  はたはたと羽しづめては川蜻蛉  巌の上(へ)の木より長垂れ蜘蛛の糸  群れ灼けし向日葵に向け乳母車  蟬鳴き止んでクーラーの風の音  アイスネツクリングをはめてお辞儀せし  レンズごと眼鏡に二つ夏の月  渓暑し面河(おもご)あをあを闌け熟れて  怯ゆる躰ゆるゆるしづめ泳ぎそむ  煌々と高ぶる昼の河鹿笛  底照つて敏(さと)く涼しく鮠(はや)の縞  面河暮れもつれつまづくこゑの蟬  花びらを呉れ何の花蓮の花  撒かれたるみづサンダルに踏まれ跳ね  幻聴の耳に落語や暑きざす  歩むたび遍羅(べら)が懐いて夏の海  灼け駈けて舟虫の思惟(しい)ささ止まり  金色(こんじき)の砂巻き上がり箱眼鏡  けぶり見ゆ夕立が翠微(すいび)隠すさま

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  名    岡田一実  雨空に返す水ごゑ夏柳  萍の根やみづげぢが揺らし食ひ  夏落葉いま用水の堰を急く  きのふ病みけふ汐風の花柘榴  鴉鳴きのちのしづかを古代蓮  山梔子や雨あたらしく水面打ち  山ちかく煙たち巻き牛蛙  蜘蛛の巣を透き葉の蟻をじつと見し  一日の半分過ぎて夏至の雨  夏まつり見し物何かえーつと亀  どかと坐しよよと冷酒賜ふかな  他の人とエレベーターや蚊の痒み  深ぶかと猿の高鳴く茂りかな  萬緑や雲を斑に城の空  滴るや否や茂りの奥深く  かへりみて東あかるし夏落葉  手を高く伸べ楊梅の赤き粒  花吹かれ垂れては定家葛かな  きりぎしを這ひはふ蛇や青く澄み  何とかといふ名の黄なる夏の花  山路きて茂りのうへを水平線  西念を寝かしつけたる団扇かな  蓮の花おろかな返事短かめに  はつはつと田を打つ雨や合歓の花  竹葉落ち俄に昼の熟れ匂ひ 

ビー玉

ビー玉   岡田一実  夜闇のなかで 幻の声 を聴く 眠りに落ちぬ脳は   チカチカ鳴る   タオルケット からはみ出た思念 異地 の沢に流れ出すべく 徒党を組んで 捩れる 光の白で文字を打ち、消し、打つ 混沌 を言葉の鋳型に入れれば 削られた氷があまた散らばり   目を刺す 薬に浸かった〈私〉の悲しみは 〈私〉と同一 引き出されるティッシュ   のような   たましい   のような 果てある箱の 騒ぎ合い  ほら、こんなに 落下   落下     落下       落下         落花 否、花などなかったではないか いつかの坂道に ビー玉が  落ちていた

阿蘇

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  阿蘇   岡田一実  緑雨して深ぶかと昼来つつあり  さわさわと咲いてさみどり澤胡桃  青芭蕉雨後の粒だつ風のなか  初夏の水の棚田を鳶の影  汐風の顔に分かれて船薄暑  卯波消え目はその上の岬見る  山涼し葉ざゐを空にひた放ち  若竹の高きところに籜(たけのかは) 緑陰の漏れ日に首の日焼けゐつ  玻璃を打つ簾の端や旅の昼  腕(かひな)いまカークーラーの風当たる  蜘蛛の子の野菊を這つて裏がはへ  夢の阿蘇うつつの阿蘇を青嵐  阿蘇の草ことに涼しく馬もがな  野茨の阿蘇は朝風明らかに  小満の日の面(も)を奔(はし)り火山瓦斯  夏雲の影退きぱつと草千里  翠微いま深山霧島明明と  みどりなす外輪山を雨煙  若葉青葉此処は波野で草も波  その花芯仏陀のごとく泰山木  幾筋も風の白雲行々子  粒のなかさみどり差して小判草  花の香が吾(あ)を越え西へ泰山木  疫よけの薬涼しく応へ病む 

立夏

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  立夏    岡田一実  おがたまの咲くや日が闌け紫し  野田藤やみづのおもてに影が立ち  さも誰もゐぬ庭に見え花楓  桜蕊降りそのうへを鳩の趾  花の名をググり確かに甘野老  花褪せて馬酔木は紅(こう)のうてなかな  春雨や墓を見下ろすエレベーター  蒲公英や茎ぺたんこに花もたげ  先に漕ぎ横のふらここ奨めけり  あをき蝿離れて花の要黐  蝶のぼり地表の影のきは淡く  小さき虻それごと風の姫女菀  幾日かは春の五月や川煌き  みづかげをよく見て蜷の道も見え  粒やかに蕊の影乗り一輪草  一輪は蕾さみどり二輪草  垂れ揺るる宿屋の地味な鯉幟  騒がしき姿のこゑの雲雀かな  首輪で引き春の子犬の向きを変へ  薔薇に屈む日傘ふたつのぶつかつて  車窓より手の蟻出すや風に当つ  みづ落ちて立夏交はる広き川  芍薬やいまし始まる紙芝居  芍薬の滅多矢鱈の黄なる蕊  撮らんとせし物を蚊の影過りゆく 

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  櫻    岡田一実   早打ちの木魚嬉しき櫻かな  檀家さん寺の櫻を惚れ惚れと  ほのぼのをあまぎる花や百代(ももよ)橋  ゆふ冷えをくれなゐくらく花の蕊  満席と謝されしばしを花の道  俳人や何々のこと花のこと  懐ききてかわいい犬や花の風  根方よりところ離れて落花疎に  花むしり嗅ぎそこそこで川に捨つ  花冷や水面を広く鷺の影  ビール持ち座せば忽ち花の宴  やどりして山に花降る洗桶  恋ひめやも葉を吹く風の山櫻  裏し表し浮きあがる花一片  閃閃と繁(しば)鳴く鳥や昼櫻  霾(つちふる)のゆふべや花を並び座し  鵯のけふ花鳥と申すべう  夕ざくらアオザイを歩に揺らしつつ  花白し蹲み向きあふ母むすめ  櫻まつりの出店の裏や川向かう  半月をふた日過ぎたる櫻かな  水平に羽張る鳥や夕櫻  ラケットのぱこんぱこーんや夕櫻  俤の朝の櫻や夜半に覚め  我を待つ花の散華に置きし我 

牛死せり片眼は蒲公英に触れて 鈴木牛後

横倒れに牛が死にきった。眼は開いているが生の光は宿らない。「蒲公英」が片目に触れるが、異物と感じることはもうない。 しかし、読者は、「蒲公英」が眼に触れるざわざわと冷たい感覚を想像せずにはいられない。 〈死〉のリアルな厳然さが突きつけられる。