牛死せり片眼は蒲公英に触れて 鈴木牛後 リンクを取得 Facebook Twitter Pinterest メール 他のアプリ 3月 26, 2023 横倒れに牛が死にきった。眼は開いているが生の光は宿らない。「蒲公英」が片目に触れるが、異物と感じることはもうない。しかし、読者は、「蒲公英」が眼に触れるざわざわと冷たい感覚を想像せずにはいられない。〈死〉のリアルな厳然さが突きつけられる。 リンクを取得 Facebook Twitter Pinterest メール 他のアプリ
私やあなたは加害者になり得る 2月 22, 2023 私やあなたは加害者になり得る 岡田一実 井上荒野『生皮 あるセクシャルハラスメントの光景』(朝日出版社、 2022 )は性被害をめぐる当事者の生々しい感情と、ハラスメントが醸成される空気を活写した長編小説である。芥川賞作家を送り出した小説講座の人気講師・月島光一を、かつての受講者が性暴力被害で告発するところから物語は始まる。告発を受けた月島は、雑誌の取材で別の被害者と対談することとなる。月島は事前に被害者に電話して、申し合わせを行おうとする。 「つまり、俺たちが一時的にそういう関係だったこと、君の口から話したほうがいいんじゃないかと思うんだよ。恋愛だったのか、そうでなかったのかわからないけど、とにかく俺たちはそうしたくてそうなった、そういうことを君の言葉でさ。大人の関係、小説的関係、そういう 言葉を使ってもいいと思う。うん、大人の関係よりは小説的関係のほうがいいかな。(後略)」 月島のような性暴力の方法を「エントラップメント」と呼ぶ(図 1 、 2 参照)。心理学者の齋藤梓・大竹裕子は次のように分析する。 まず、日常的な関係性や会話の中で、加害者は、自分の権威を高めるような言動、当事者を貶めるような言動をし、上下関係を作り出す。当事者はその力関係の中で、加害者に逆らうことができない状態に追い込まれる。そして加害者は、当事者の逃げ道を物理的に遮断し、突然性的な要求を挟み込み、当事者の弱みに付け込む形で性交を強要する。もともと知人同士であった場合には、加害者は当事者よりも社会的地位が高くすでに上下関係が存在し、エントラップメント・プロセスは容易に進行する。この、もともと上下関係がある場合に明確に拒否の意思を伝えることがより難しくなる背景には、継続する人間関係では波風を立てるべきではないという社会規範や、女性は従順さを良しとするというジェンダー規範が影響していることも想定される。このように、エントラップメントは社会的な力関係を利用され追い込まれる形で起こる。そのため、たとえ暴行脅迫がなくても、当事者はその性的関係から極めて逃げづらくなるのである。 (齋藤梓 ; 大竹裕子「当事者にとっての性交「同意」とは ― 性暴力被害当事者の視点から望まない性交が 発生するプロセスをとらえる ― 」「年報 公共政策学 , 13, 1 続きを読む
面河 8月 07, 2023 面河 岡田一実 蟬声(せんせい)や葉影走れる葉のおもて 湧水の闇より出て筋に迅(と)く 眼差しにたち現れてアツパツパ また顎をあげて風なす滝のまへ 夏蝶や巌をみづの奔(はや)り這ひ はたはたと羽しづめては川蜻蛉 巌の上(へ)の木より長垂れ蜘蛛の糸 群れ灼けし向日葵に向け乳母車 蟬鳴き止んでクーラーの風の音 アイスネツクリングをはめてお辞儀せし レンズごと眼鏡に二つ夏の月 渓暑し面河(おもご)あをあを闌け熟れて 怯ゆる躰ゆるゆるしづめ泳ぎそむ 煌々と高ぶる昼の河鹿笛 底照つて敏(さと)く涼しく鮠(はや)の縞 面河暮れもつれつまづくこゑの蟬 花びらを呉れ何の花蓮の花 撒かれたるみづサンダルに踏まれ跳ね 幻聴の耳に落語や暑きざす 歩むたび遍羅(べら)が懐いて夏の海 灼け駈けて舟虫の思惟(しい)ささ止まり 金色(こんじき)の砂巻き上がり箱眼鏡 けぶり見ゆ夕立が翠微(すいび)隠すさま 続きを読む
ビー玉 6月 01, 2023 ビー玉 岡田一実 夜闇のなかで 幻の声 を聴く 眠りに落ちぬ脳は チカチカ鳴る タオルケット からはみ出た思念 異地 の沢に流れ出すべく 徒党を組んで 捩れる 光の白で文字を打ち、消し、打つ 混沌 を言葉の鋳型に入れれば 削られた氷があまた散らばり 目を刺す 薬に浸かった〈私〉の悲しみは 〈私〉と同一 引き出されるティッシュ のような たましい のような 果てある箱の 騒ぎ合い ほら、こんなに 落下 落下 落下 落下 落花 否、花などなかったではないか いつかの坂道に ビー玉が 落ちていた 続きを読む