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あらばあれ

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あらばあれ    岡田一実  冷やひやと雨紋のしたを金の鯉  秋雲のいや天日を巻き動く  盃に映して青き後の月  まづはその辺(へ)のみくわつと黄銀杏の葉  根は刈られ蔓は枯れつつ零余子生る  横雲の濃に気を這つて破はちす  秋天やうなうな懈(なま)き車酔ひ  四阿の椅子低ければ百舌猛る  ぐつしよりと踏みつけ洋種山牛蒡  二羽三羽短く飛んで稲雀  澄みながら山気の昏き菌かな  あらばあれ魂(たま)のたばしる紅葉谷   

「働く」を広く捉える

  生きかはり死にかはりして打つ田かな 村上鬼城  農作業を描いた句である。現代的には、職業の選択可能性は開かれたが、代々の田を守り続ける農家も少なくない。〈生きかはり死にかはり〉という把握が、「田を打つ」という肉体を過酷に使う労働に、人間一代を超えた永遠性を宿らせる。また、輪廻転生の趣もあり、永遠に働き続ける主体が刻み込まれている。 「働く」という行為の本質は、〈生きかはり死にかはり〉して未来につなげていく機能なのかもしれない。 短夜や乳ぜり泣く児を須可捨焉乎(すてつちまおか) 竹下しづの女  育児がケア労働であることは、近年では周知されつつあるが、殆どの場合は賃労働から周縁化され、責任が個人化される。「望んで産んだのではないか」という自己責任論は、母となった人を追い詰める。〈須可捨焉乎(すてつちまおか)〉という叫びは反語的に響き、決して捨てられない現実を訴えている。労働をやめる権利が、「母」という倫理のもとに排除される現実に対して嘆きの声は、現代においても強く共感を呼ぶ。 大金をもちて茅の輪をくぐりけり  波多野爽波  波多野爽波は銀行員であった。〈短夜の金のやりとりしてをりぬ〉〈金包み受け青柿の下を辞す〉など、大金と思われる状況をリアルに句に残している。掲句では、「茅の輪くぐり」という神事に、大金という俗世界のモノを持ち込む作中主体が描かれる。 貨幣の価値は、国が保証し、皆がそれを信用しているからこそ成り立つ。掲句が爽波自身の大金でなければ、それを託している人間の信用も存在するだろう。働くことと信用の密接な関係が感じられる句だ。 座敷著を今日は暑しと思ひ脱ぐ 下田實花  下田實花は山口誓子の実妹。四歳で母を亡くし、歌舞伎の尾上梅昇の養女となり、次に下田家の養女となり、養父没後には十五歳でお酌となって下田の母を養なった。昭和十年に虚子の許で俳句を始め、昭和二十年には「ホトトギス」同人となった。三菱地所の赤星水竹居(あかぼしすいちくきょ)が東京新橋で芸者に俳句を広めようとした際に、そこで芸者をしていた實花が一役を買った。 新橋での句会「二百二十日会」で出句された俳句を高浜虚子が選をした『艶寿集』を繙くと、芸者達の働く姿を垣間見ることができる。〈著ぶくれてゐて三味線の弾きにくき 小時〉〈虫干や色とり〴〵の舞扇 小くに〉。集中の俳句には労働の過酷さは描かれず、表向きの

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襞                                                                               岡田一実   驚きは過去へ流れて此処涼し 芝刈つて白しら暮れて泥くさく 人生のこのひとときの蚊の痒み 夕端居して合歓の葉のねむるさま 岩肌の日差は昏し岩煙草 ふと浮き上がり滝風のはこぶみづ 泳ぎつつ美味しいもののイメージを 金星や否よ涼しき航行灯 そのなかの魚かげ見えて川晩夏 承認の燦と嬉しや花常山木 日矢の降る旅にしあれば葛の花 ひんがしを影なす襞や盆の山  

世界

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  世界 岡田一実  野苺に屈みて食んで以後余生  雨粒にくきと菖蒲の花のすぢ  夕雲の今し夜を引く時鳥  この川の螢あきらめ別の川  清らかに風の霽(は)れたり花卯木  葉表にひかりの募る茂りかな  夏の空には面白い白い雲  川蜻蛉去り白妙の巌かな その足の濡れし地に触れ揚羽蝶  手の甲で風鈴びやんと打ち払ひ  花に倦みたましひに倦み泰山木  今生の昏きところが滝の壺 

面河

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  面河   岡田一実   蟬声(せんせい)や葉影走れる葉のおもて  湧水の闇より出て筋に迅(と)く  眼差しにたち現れてアツパツパ  また顎をあげて風なす滝のまへ  夏蝶や巌をみづの奔(はや)り這ひ  はたはたと羽しづめては川蜻蛉  巌の上(へ)の木より長垂れ蜘蛛の糸  群れ灼けし向日葵に向け乳母車  蟬鳴き止んでクーラーの風の音  アイスネツクリングをはめてお辞儀せし  レンズごと眼鏡に二つ夏の月  渓暑し面河(おもご)あをあを闌け熟れて  怯ゆる躰ゆるゆるしづめ泳ぎそむ  煌々と高ぶる昼の河鹿笛  底照つて敏(さと)く涼しく鮠(はや)の縞  面河暮れもつれつまづくこゑの蟬  花びらを呉れ何の花蓮の花  撒かれたるみづサンダルに踏まれ跳ね  幻聴の耳に落語や暑きざす  歩むたび遍羅(べら)が懐いて夏の海  灼け駈けて舟虫の思惟(しい)ささ止まり  金色(こんじき)の砂巻き上がり箱眼鏡  けぶり見ゆ夕立が翠微(すいび)隠すさま

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  名    岡田一実  雨空に返す水ごゑ夏柳  萍の根やみづげぢが揺らし食ひ  夏落葉いま用水の堰を急く  きのふ病みけふ汐風の花柘榴  鴉鳴きのちのしづかを古代蓮  山梔子や雨あたらしく水面打ち  山ちかく煙たち巻き牛蛙  蜘蛛の巣を透き葉の蟻をじつと見し  一日の半分過ぎて夏至の雨  夏まつり見し物何かえーつと亀  どかと坐しよよと冷酒賜ふかな  他の人とエレベーターや蚊の痒み  深ぶかと猿の高鳴く茂りかな  萬緑や雲を斑に城の空  滴るや否や茂りの奥深く  かへりみて東あかるし夏落葉  手を高く伸べ楊梅の赤き粒  花吹かれ垂れては定家葛かな  きりぎしを這ひはふ蛇や青く澄み  何とかといふ名の黄なる夏の花  山路きて茂りのうへを水平線  西念を寝かしつけたる団扇かな  蓮の花おろかな返事短かめに  はつはつと田を打つ雨や合歓の花  竹葉落ち俄に昼の熟れ匂ひ 

ビー玉

ビー玉   岡田一実  夜闇のなかで 幻の声 を聴く 眠りに落ちぬ脳は   チカチカ鳴る   タオルケット からはみ出た思念 異地 の沢に流れ出すべく 徒党を組んで 捩れる 光の白で文字を打ち、消し、打つ 混沌 を言葉の鋳型に入れれば 削られた氷があまた散らばり   目を刺す 薬に浸かった〈私〉の悲しみは 〈私〉と同一 引き出されるティッシュ   のような   たましい   のような 果てある箱の 騒ぎ合い  ほら、こんなに 落下   落下     落下       落下         落花 否、花などなかったではないか いつかの坂道に ビー玉が  落ちていた