瞠 リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ 2月 20, 2023 瞠 岡田一実 「ことば」は置かれる文脈によって彩が違う。ゲーム、というとやや味気ない彩光は变化し、ときに美しく、ときに汚濁の様相を帯びる。パフォーマティヴの交差に立ち、見遣る世界の動的鮮やかさ。「ことば」に編み合わされ、祈り折り畳まれた意味は、回転しつつ、しどけなく俗情に引き寄せられる。俗の沼、われこそがまみれているそれに、眼中の真闇を見る。されど、須臾の光の棘が現世的な欲望を呼び起こす。ひとたびは極彩色の夢。「ことば」の身振りが誤配される失調の世界で、瞠く目を乾かしている。 リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ
私やあなたは加害者になり得る 2月 22, 2023 私やあなたは加害者になり得る 岡田一実 井上荒野『生皮 あるセクシャルハラスメントの光景』(朝日出版社、 2022 )は性被害をめぐる当事者の生々しい感情と、ハラスメントが醸成される空気を活写した長編小説である。芥川賞作家を送り出した小説講座の人気講師・月島光一を、かつての受講者が性暴力被害で告発するところから物語は始まる。告発を受けた月島は、雑誌の取材で別の被害者と対談することとなる。月島は事前に被害者に電話して、申し合わせを行おうとする。 「つまり、俺たちが一時的にそういう関係だったこと、君の口から話したほうがいいんじゃないかと思うんだよ。恋愛だったのか、そうでなかったのかわからないけど、とにかく俺たちはそうしたくてそうなった、そういうことを君の言葉でさ。大人の関係、小説的関係、そういう 言葉を使ってもいいと思う。うん、大人の関係よりは小説的関係のほうがいいかな。(後略)」 月島のような性暴力の方法を「エントラップメント」と呼ぶ(図 1 、 2 参照)。心理学者の齋藤梓・大竹裕子は次のように分析する。 まず、日常的な関係性や会話の中で、加害者は、自分の権威を高めるような言動、当事者を貶めるような言動をし、上下関係を作り出す。当事者はその力関係の中で、加害者に逆らうことができない状態に追い込まれる。そして加害者は、当事者の逃げ道を物理的に遮断し、突然性的な要求を挟み込み、当事者の弱みに付け込む形で性交を強要する。もともと知人同士であった場合には、加害者は当事者よりも社会的地位が高くすでに上下関係が存在し、エントラップメント・プロセスは容易に進行する。この、もともと上下関係がある場合に明確に拒否の意思を伝えることがより難しくなる背景には、継続する人間関係では波風を立てるべきではないという社会規範や、女性は従順さを良しとするというジェンダー規範が影響していることも想定される。このように、エントラップメントは社会的な力関係を利用され追い込まれる形で起こる。そのため、たとえ暴行脅迫がなくても、当事者はその性的関係から極めて逃げづらくなるのである。 (齋藤梓 ; 大竹裕子「当事者にとっての性交「同意」とは ― 性暴力被害当事者の視点から望まない性交が 発生するプロセスをとらえる ― 」「年報 公共政策学 , 13, 1 続きを読む
「働く」を広く捉える 10月 21, 2024 生きかはり死にかはりして打つ田かな 村上鬼城 農作業を描いた句である。現代的には、職業の選択可能性は開かれたが、代々の田を守り続ける農家も少なくない。〈生きかはり死にかはり〉という把握が、「田を打つ」という肉体を過酷に使う労働に、人間一代を超えた永遠性を宿らせる。また、輪廻転生の趣もあり、永遠に働き続ける主体が刻み込まれている。 「働く」という行為の本質は、〈生きかはり死にかはり〉して未来につなげていく機能なのかもしれない。 短夜や乳ぜり泣く児を須可捨焉乎(すてつちまおか) 竹下しづの女 育児がケア労働であることは、近年では周知されつつあるが、殆どの場合は賃労働から周縁化され、責任が個人化される。「望んで産んだのではないか」という自己責任論は、母となった人を追い詰める。〈須可捨焉乎(すてつちまおか)〉という叫びは反語的に響き、決して捨てられない現実を訴えている。労働をやめる権利が、「母」という倫理のもとに排除される現実に対して嘆きの声は、現代においても強く共感を呼ぶ。 大金をもちて茅の輪をくぐりけり 波多野爽波 波多野爽波は銀行員であった。〈短夜の金のやりとりしてをりぬ〉〈金包み受け青柿の下を辞す〉など、大金と思われる状況をリアルに句に残している。掲句では、「茅の輪くぐり」という神事に、大金という俗世界のモノを持ち込む作中主体が描かれる。 貨幣の価値は、国が保証し、皆がそれを信用しているからこそ成り立つ。掲句が爽波自身の大金でなければ、それを託している人間の信用も存在するだろう。働くことと信用の密接な関係が感じられる句だ。 座敷著を今日は暑しと思ひ脱ぐ 下田實花 下田實花は山口誓子の実妹。四歳で母を亡くし、歌舞伎の尾上梅昇の養女となり、次に下田家の養女となり、養父没後には十五歳でお酌となって下田の母を養なった。昭和十年に虚子の許で俳句を始め、昭和二十年には「ホトトギス」同人となった。三菱地所の赤星水竹居(あかぼしすいちくきょ)が東京新橋で芸者に俳句を広めようとした際に、そこで芸者をしていた實花が一役を買った。 新橋での句会「二百二十日会」で出句された俳句を高浜虚子が選をした『艶寿集』を繙くと、芸者達の働く姿を垣間見ることができる。〈著ぶくれてゐて三味線の弾きにくき 小時〉〈虫干や色とり〴〵の舞扇 小くに〉。集中の俳句には労働の過酷さは描かれず、表向きの 続きを読む
面河 8月 07, 2023 面河 岡田一実 蟬声(せんせい)や葉影走れる葉のおもて 湧水の闇より出て筋に迅(と)く 眼差しにたち現れてアツパツパ また顎をあげて風なす滝のまへ 夏蝶や巌をみづの奔(はや)り這ひ はたはたと羽しづめては川蜻蛉 巌の上(へ)の木より長垂れ蜘蛛の糸 群れ灼けし向日葵に向け乳母車 蟬鳴き止んでクーラーの風の音 アイスネツクリングをはめてお辞儀せし レンズごと眼鏡に二つ夏の月 渓暑し面河(おもご)あをあを闌け熟れて 怯ゆる躰ゆるゆるしづめ泳ぎそむ 煌々と高ぶる昼の河鹿笛 底照つて敏(さと)く涼しく鮠(はや)の縞 面河暮れもつれつまづくこゑの蟬 花びらを呉れ何の花蓮の花 撒かれたるみづサンダルに踏まれ跳ね 幻聴の耳に落語や暑きざす 歩むたび遍羅(べら)が懐いて夏の海 灼け駈けて舟虫の思惟(しい)ささ止まり 金色(こんじき)の砂巻き上がり箱眼鏡 けぶり見ゆ夕立が翠微(すいび)隠すさま 続きを読む