私やあなたは加害者になり得る

 

私やあなたは加害者になり得る 岡田一実

 

 井上荒野『生皮 あるセクシャルハラスメントの光景』(朝日出版社、2022)は性被害をめぐる当事者の生々しい感情と、ハラスメントが醸成される空気を活写した長編小説である。芥川賞作家を送り出した小説講座の人気講師・月島光一を、かつての受講者が性暴力被害で告発するところから物語は始まる。告発を受けた月島は、雑誌の取材で別の被害者と対談することとなる。月島は事前に被害者に電話して、申し合わせを行おうとする。

 

「つまり、俺たちが一時的にそういう関係だったこと、君の口から話したほうがいいんじゃないかと思うんだよ。恋愛だったのか、そうでなかったのかわからないけど、とにかく俺たちはそうしたくてそうなった、そういうことを君の言葉でさ。大人の関係、小説的関係、そういう 言葉を使ってもいいと思う。うん、大人の関係よりは小説的関係のほうがいいかな。(後略)」

 

月島のような性暴力の方法を「エントラップメント」と呼ぶ(図12参照)。心理学者の齋藤梓・大竹裕子は次のように分析する。

 

まず、日常的な関係性や会話の中で、加害者は、自分の権威を高めるような言動、当事者を貶めるような言動をし、上下関係を作り出す。当事者はその力関係の中で、加害者に逆らうことができない状態に追い込まれる。そして加害者は、当事者の逃げ道を物理的に遮断し、突然性的な要求を挟み込み、当事者の弱みに付け込む形で性交を強要する。もともと知人同士であった場合には、加害者は当事者よりも社会的地位が高くすでに上下関係が存在し、エントラップメント・プロセスは容易に進行する。この、もともと上下関係がある場合に明確に拒否の意思を伝えることがより難しくなる背景には、継続する人間関係では波風を立てるべきではないという社会規範や、女性は従順さを良しとするというジェンダー規範が影響していることも想定される。このように、エントラップメントは社会的な力関係を利用され追い込まれる形で起こる。そのため、たとえ暴行脅迫がなくても、当事者はその性的関係から極めて逃げづらくなるのである。 (齋藤梓; 大竹裕子「当事者にとっての性交「同意」とは性暴力被害当事者の視点から望まない性交が 発生するプロセスをとらえる」「年報 公共政策学, 13, 185-205(2019)

 

詩歌の会は主宰や世話人を頂点に、経歴や年齢、性別による序列を有するシステムとなりやすい。よって、会のなかでは、特に若者や女性、性的少数者など権力の弱い者の人格や自由、選択を軽視する傾向が生まれやすい。山本千晶氏が「マナー違反」と捉える軽微なセクハラの多くもその権力勾配のなかで効力を発揮する。しかし、その、軽微なセクハラの積み重ねが、重大なセクハラを生む土壌となっているのだ。句会や歌会の席、あるいは打ち上げで、フェーズⅡ(図2)の段階に遭遇・加担したことはないだろうか。

主宰や世話人、先輩や年長者、男性や性的多数者(異性愛者、シスジェンダーなど)が、自分が特に加害者となりやすい立場であるのだと自覚すること。私やあなたは二次加害(図3)も含めた加害者になり得るのだという当事者意識。それらは極めて重要である。しかし、不文律では限界がある。明文化されたハラスメントポリシーのガイドラインを打ち出し、ハラスメント防止の方針を示すべきである。特に規模の大きな会においては、相談窓口を設け、定期的に活動報告を発表し、被害相談があれば、事後調査し、再発防止策を打ち出す、といった具体的で組織的な防止対策が求められる。まずは、ハラスメントにおける事例や構造などの知の共有を組織内で行い、風通しをよくすることから始める必要がある。

 

1出典:「性暴力の被害経験に関する質的調査報告」(法務省・第7回性犯罪に関する施策検討に向けた実態調査ワーキンググループ)




2出典:「性暴力の被害経験に関する質的調査報告」(法務省・第7回性犯罪に関する施策検討に向けた実態調査ワーキンググループ)

 

3出典:「性暴力の被害経験に関する質的調査報告」(法務省・第7回性犯罪に関する施策検討に向けた実態調査ワーキンググループ)

(初出:『月刊 俳句四季』東京四季出版、2022.8 特集・誰もが安心できる句座のためにー#MeTooのその先へ

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